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始まりは「あー」から②

                               写真:フリー素材

 

 

近所のマンションに行ったときのことです。幼い姉弟が、敷地を囲む塀の外を見ようとしていました。小学校一年生くらいの女の子が弟を持ち上げて見せています。

 

 

 

私が20分くらいの用事を済ませて戻ると、こうなっていました。

 

 

余程面白いものがあるのかと思い、声をかけました。

 

私:「何を見てるの?」

 

女の子:「木や山やお家を見てるの」。

 

私は少しがっかりしましたが、弟君を抱き上げて外を見せてあげました。

 

女の子:「重いよ」。

 

確かに。小さく細いのに、がっしりした体は重かった。

 

弟君:「あ、山が見える」。

 

そうか。この子たちの背だと塀しか見えないのね。

 

私:「あー、本当だ。山だねー」。

 

弟君:「畑もある」

 

私:「あー、畑もあるねー」。

 

そんなやりとりを繰り返しているうちに、私は弟君と共鳴し、見慣れた景色を見ることに新鮮な喜びを感じ始めていました。

そのとき、一際興奮気味に弟君が叫びます。

 

「あっ! 月が見える!

 

月? それは気付かなかった。どこだろう。

 

弟君の視線を追うと、隣の家の屋根すれすれのところに細い月が見えます。

 

試しにちょっとかがむと、もう見えません。

いいものみっけ。

 

 

 

一瞬だったけど、あの子たちと幸せを共有できた喜びに満たされながら帰路についたのでした。

 

 

息子たちとの時間を振り返るとき、心を温めてくれる思い出は、日常の何気ないひとときばかりなのです。受験に受かったり、賞を授与されたりするような栄光の瞬間ではなく。(と言っても、うちの子たちは賞をもらったことないけど)。

 

 

田舎から届いたみかんをお裾分けしに、小さな手を握って夜道を歩いたこと。無邪気な可愛らしい一言・・・。たとえ世界一の恋人がいたとしても、もてないような甘い時間をたくさんもらいました。

 

 

母親が「あー」の気分でいることは、子どもにとっても母親にとっても大切なことです。だからこそ、若いママさんたちが不必要に時間に追われるような経済社会は正していかないと。

 

 

 

ところが、目に見えないものって評価されないのですよね。たとえそれがどんなに大切なものであっても。特に経済が疲弊している地方に住んでいると、

 

「〇〇保育園は6ヵ月から預かってくれるいい保育園だ」

 

という言葉がお年寄りの口から出ます。よく稼いでくれる嫁が良い嫁なのです。だから、結婚しない女性が増えています。経済社会を正すためには、私たちの価値観の転換も迫られているのでしょう。

 

 

 

 

次回は、シュタイナー教師として子どもたちと関わった経験をご紹介したいと思います。子どもたちは「目に見えない」宝をたくさんたくさん見せてくれました。どの宝も珠玉の美しさを放っており、大人の無理解でそれを踏みにじらないでほしいと願わずにはいられません。

 

 

 

いくつか社会問題の記事をあげたあとで、シリーズ化してお伝えしてまいります。

 

 

 

それではまた。ごきげんよう。(^_^)/

 

9月8日

彼らのメンタリティー①

に追記しました。

 

シャンティフーラの竹下雅敏氏によると、(竹下氏の言う)八咫烏は現在、神の側についているそうです。

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