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ミニチュア先生と子どもたち

 

 

もう何年も前に高校生から聞いた話です。その子の高校で夜回り先生こと水谷修氏の講演があり、その内容を話してくれたのです。この話を聞いて以来、どうしても胸が詰まって次のフレーズが歌えません。

 

 

 

♪誰かの歌が聞こえる 誰かを励ましてる

 

 

 

 

それと同時に、アンパンマンを歌う明るい声が、どこか明るいきれいなところから響いてくる気もします。

 

 

 

ご存知の通り水谷先生は、問題を抱えた大勢の子どもたちに救いの手を差し伸べてきた方です。そんな水谷先生を頼って娘を連れてきた母親がいました。講演は、その娘さんについてのお話でした。聞き伝えの話を、記憶を辿りながら記します。小さな間違いがありましたら、どうかお許しください。

 

 

 

その女の子は病気のため背が伸びませんでした。不幸なことに、それが原因で学校ではずっと壮絶ないじめに遭っていました。水谷先生の学校に娘を転校させるとき、母親は繰り返し念を押しました。

 

「絶対に絶対に、娘がいじめられることのないようにしてください。二度といじめられないように、娘をよろしくお願いします」。

 

水谷先生はきっぱりと約束します。

 

「二度といじめには遭わせません。僕が絶対に守ります」。

 

 

 

水谷先生はいつもその子をそばにおき、母親との約束を守りました。その子も先生にすっかりなつき、自分も教師になりたいと望むようになりました。

 

そしてその望みが適いました。赴任先の小学校では「ミニチュア先生」と呼ばれて慕われていました。

 

 

 

一年生を受け持ってようやく一年が経とうとしたとき、ミニチュア先生の学校を大地震が襲いました。小さな一年生は恐怖で身体がすくみ、避難どころではありません。

そんな一年生の手を高学年の子が握り、励ましながら高台へ避難し始めました。高学年のお兄さんお姉さんらは、一年生の歩幅に合わせ、アンパンマンを歌って勇気づけていました。そんな集団の最後尾に、ミニチュア先生がいました。一番遅い子を庇いながら避難していたのです。

 

 

 

自分たちだけ駆け足で避難すれば助かったのでしょうが、高学年の児童たちは一年生を置き去りにすることができませんでした。

 

 

 

その集団が津波に追いつかれたとき、最後尾にいたミニチュア先生は、子どもたちを守ろうとして、津波に向かって両手を大きく広げました。

 

それが、ミニチュア先生と子どもたちの最後の瞬間でした。

 

 

 

 

全員が亡くなられましたが、一人だけ奇跡的に助かった先生がおられ、最後の様子を伝えたのです。その後一週間ほどして、その先生も行方知らずになったそうです。

 

 

 

震災で亡くなられた方々の、それぞれのドラマ、それぞれの人生、それぞれの旅路を偲び、謹んで哀悼の意を表します。

                                                           合掌

 

大麻の問題は、日本が抱えている社会問題の縮図です。

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